Elliott Smith
90年代後半に突如現れた天才シンガーソングライター、そんな華やかな形容が一切似つかわしくなかったがこのエリオット・スミスと言う人の全てを表しているような気がします。彼の音楽の魅力はまるでリスナー1人1人に囁きかけるような親密性の高いヴォーカリゼーション、木漏れ日のように暖かいメロディ、モノクロ映画のような物語性のあるものや自分自身を切りつけてしまっているような壮絶な歌詞にあります。エリオット・スミスはソロアーティストとして注目される以前にはアルバム3枚を出した後97年に解散するパンクを基調としたメロディアスなバンド“ヒート・マイザー”のフロントマンとしてのキャリアに端を発しほぼ同時にソロとしてもキャリアをスタートさせますが結局バンドは通なUSインディロックのファンを獲得するに留まり解散。彼はソロ活動は継続します。そして彼が注目を浴びるようになったのはハリウッド映画「グッド・ウィル・ハンティング」に3枚目のソロアルバム『Either/Or』の収録曲と映画用に書き下ろされた「Miss Misery」と言う曲(名曲)が使用されたことからでした。エリオットの曲に対するリアクションはすこぶる良くアカデミー賞の主題歌賞にもノミネートされました(上の画像はノミネート時のパフォーマンスの様子。結局受賞曲はタイタニックの曲でした。それがなんと言うか今のアメリカの体質そのものを現すような出来事だと思いませんか?)。その成功受けて製作されたアルバム『XO』(98年)は奇跡的なメロディはそのままに、それまでの弾き語りを基調としたシンガーソングライター的な世界から一歩も二歩も飛び出して収録曲の約半数以上にバンドサウンドやストリングスがフューチャーされる大傑作となり、セールス的にも成功を収めました。しかし何故かその成功は彼を苦しめていくことになります。元来コアなファンと親密なコミュニケーションを取っていた彼の元にセールス的な成功から余計で無遠慮な人や物事が入ってくることに恐らく彼は耐えられなかったのでしょうか、彼はヒット曲をわざとライブのセットリストから外したりするようになります。ある人の話によるとこの頃からエリオットのライブパフォーマンスは静かながら鬼気迫るものになっていったといわれています。そして2000年には前作延長線上にありながらさらにバンド志向を強めた『Figure 8』を発表。音質は当時としては恐ろしくハイファイでサウンドに磨きが掛かりバンド志向ながらエリオットの最大の魅力の1つである声が良くフューチャーされた傑作でした。しかし彼の歌詞はどんどん自分を追い詰めていくようなものばかりになっていました。自分は有名な殺人犯に似てるんじゃないかというなもの、昔のバンド仲間に対し一人だけ成功してしまった自らを皮肉ったようなもの、自分にとっては全てが無意味と言い切ってしまうようなもの、全て彼の心情を100%反映させた物であったのでしょう。そんな不穏な印象ぬぐいきれない作品を発表した後彼は沈黙してしまいます。月日は流れ彼が新作の準備に取り掛かり完成間近との報が入った2003年11月。彼はナイフが胸に突き刺さってそのままこの世を旅立ってしまいました。一時期はセンセーションナルに「エリオット・スミス自殺!」と報道されましたが、結局検死の結果は「自殺とも言えるし他殺とも言える」というものでした。一部で噂が上がっていたドラッグへ常習もこの時の検死で体内には何も見つからなかったようです。今となってはもはやこの死因どうのこうのはあまり重要ではなく彼が偉大な才能の持ち主であった事を再認識し、彼のまさに心血注いで残した作品を私やあなたが時を越えて聴き伝えていくのが何より大事だと思います。
『XO』
1、Sweet Adeline
2、Tomorrow Tomorrow
3、Waltz #2 (Xo)
4、Baby Britain
5、Pitseleh
6、Independence Day
7、Bled White
8、Waltz #1
9、Amity
10、Oh Well, Okay
11、Bottle up and Explode!
12、A Question Mark
13、Everybody Cares, Everybody Understands
14、I Didn't Understand
15、Miss Misery(日本国内盤限定ボーナストラック)
98年発表のメジャー1st。上に書いたように、エリオットの音楽は映画に使用されることによって一般的な評価を得る事になりました。このアルバムのリリース自体はその好評価を逃さぬべく、と言う形にはなりましたが今から振り返ってみるとこれまでの彼のバンドやインディーでのキャリアを総括させる作品といった趣の強い非常に完成度の高いアルバムです。それまでのシンプル且つローファイな音作りからストリングスやバンドサウンド、幾重にも重ねられた複雑なコーラスワークを配した荘厳なサウンドになり如何にも“インディあがりの孤高のアーティスト”と言った印象は希薄です。それは冒頭の「Sweet Adeline」から顕著でアコースティック・ギターのリフがそっと寄り添う弾き語りから一転、中盤以降流麗なストリングスが登場し、オーヴァーダブされたコーラスが一気に曲をクライマックスへと展開させる。この楽曲構成が本作における肝であり、後のエリオット・スミスの代名詞的な楽曲構成の1つなっていくのでした。そして歌詞のについてですが上に「如何にも“インディあがりの孤高のアーティスト”と言った印象は希薄」と言った事を書きましたが、これは歌詞の面では全く逆でアンダーグラウンドを通過した人間にしか出せない絶望感、強烈な“世界のある部分”に対しての批判、消えない後悔、などが渦巻く混沌としたものでした。こういった一般的には“暗い”で片付けられてしまいしそうな歌詞世界を持つ楽曲を心にそっと寄り添うように聴かせたのは彼の持つ奇跡的なメロディでした。彼の持つもっとも偉大な才能は誰もが惹かれて止まないメロディを紡ぎ出せるということだったのです。上で触れた冒頭のM1、本作のハイライトの1つであり圧倒的な名曲であるM3、彼の楽曲がバンドサウンドとも相性が良いことを証明するM4、エリオットの声の美しさを堪能できるM6、エリオット・スミス流ギターポップであるM7、彼がロック・バンド出身者であることを偲ばせるダイナミックなM9、ギターとピアノ、ストリングスと言ったシンプルな編成の典型的なエリオット・スミス的名曲であるM10・M11、そして白眉なのがアルバム最後に日本国内盤のみの限定ボーナストラックとして収録された「Miss Misery」。これは映画「グッド・ウィル・ハンティング」に使用されたエリオット・スミスの曲では最も知名度の高い楽曲であり、彼自身とショービズの世界を結んでしまった因果な名曲。ジャケットを見てもらえば分かると思うがこの作品はメジャーデビューのチャンスを掴み自分の信頼できる仲間との共同作業など彼のキャリア中最も幸福であった瞬間が真空パックされたような彼独特のパーソナルな手触りを残す作品で“ロック史に残る名盤”なんて形容は今もこれから先も絶対に似合わない、しかし言い換え不能な作品であることは間違い無いと思います。ちなみにこのページには故人を偲んで3日間限定の特別な仕掛けがしてあります。(終了しました。)